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- 川上弘美:東京日記 (via yuria)
八月某日 晴
句会に行く。
「トンボ獲って放つのが好き女の子」
という句が好きだったので、○をつける。
涼しげなワンピースを着たおかっぱの女の子が、プラスチックの虫かごに一匹だけトンボをつかまえるのだけれど、家まで持って帰らずに途中で放してあげる、そんな光景を想像したのである。
句会が終わった後、作者に、
「いい句でしたね」
と言うと、作者はちょっと照れながら、
「兄のところの娘のことを詠んだんですよ」
と言う。
ますますほほえましい気持ちになっていると、作者、つづけて曰く、
「あの子、虫かごいっぱいにぎゅうぎゅうにトンボをつかまえて帰ってきては、ベランダに仁王立ちになって、『さあ放してやるわよっ』と、女王のような口調でおごそかに言いながら十数匹のトンボを逃がすのが、大好きで。もう一日何回もつかまえてきては」
と。
自分の想像力の甘さを思い知らされる。
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